人工股関節手術後、筋力を取り戻すために続けた施術と運動――80代女性Hさんの経過

人工股関節手術後の80代女性が、施術と運動で筋力の回復に取り組む様子

今回は、80代半ばの女性、Hさんの経過を紹介します。

Hさんが当院に来られた時には股関節の変形が進んでおり、医療機関では手術も選択肢として説明されていました。

しかし、Hさんはできる限り手術をせずに生活したいと希望されていました。そこで当院では、股関節や周囲の筋肉の状態を確認しながら施術を行い、痛みを悪化させない範囲で運動にも取り組んでいただきました。

次第に状態は落ち着き、ウォーキングや買い物などの日常生活も楽に行えるようになりました。

その後、旅行中に歩く量が増え、重い荷物を持った後から、再び股関節の痛みが強くなりました。しばらく経過をみても改善しなかったため、医師と相談した結果、人工股関節の手術を受けることになりました。

手術前から身体を動かしておく理由

ここからが、Hさんのすごいところです。

手術を受けると、手術による身体への負担や活動量の低下などによって、一時的に筋力や身体機能が落ちます。そのため、手術前から痛みを悪化させない範囲で筋力や歩く力をできるだけ保ち、身体的な「余力」をつくっておくことが大切です。[1]

手術前の身体機能が保たれていれば、術後の立ち上がりや歩行、階段の昇り降りなどの練習にも取り組みやすくなります。[1]

英国のガイドライン(NICE)でも、手術前後に行う運動や、身体機能をできるだけ保つための準備について助言することが推奨されています。[2] すべての方の長期的な経過を大きく変えるとまでは断定できませんが、術後の回復に取り組むための準備として意義があります。[1][2]

このことをHさんに説明すると、納得され、手術前からしっかりと運動に取り組まれました。

痛みを我慢して無理に動かすのではありません。その日の状態を確認し、できる範囲で股関節を動かしながら、筋肉への刺激を途切れさせないようにしました。

手術で痛みがなくなっても、筋力まで戻るわけではない

手術は無事に終わり、Hさんは長く続いていた股関節の痛みがなくなったことを、とても喜ばれていました。

手術後は約2週間入院し、病院では立ち座りや歩行、階段の昇り降りなど、自宅へ戻るために必要な基本動作の練習を行いました。

しかし、手術によって関節の痛みが改善しても、長い間十分に使えていなかった筋肉や、低下した筋力まで自動的に元へ戻るわけではありません。[3]

日常生活を送れることは大切です。しかし、Hさんが目指したのは、単に自宅で生活できる状態ではありませんでした。

股関節の痛みや変形によって生活が制限される以前のように、買い物や外出、旅行などを楽しめる身体へ、できる限り近づけることを目標にしました。

週1回の施術と、週1回の運動

術後約2か月から、Hさんには週に2回、当院へ通っていただきました。

1回は身体の状態に合わせた施術、もう1回は筋力と身体機能を取り戻すための運動です。

施術の日には、股関節の動く範囲、周囲の筋肉の状態、立ち方や歩き方などを確認しました。動かしにくくなっている部分や、負担が集中している部分に対応し、運動に取り組みやすい状態を目指しました。

運動の日には、股関節周囲の筋肉へ段階的に負荷をかけました。

筋肉は、ただ動かしているだけでは十分に強くなりません。その時点の身体に合った負荷をかけ、身体がその負荷に適応したら、次の段階へ進めていく必要があります。

人工股関節手術後の運動については、股関節外転筋力、歩行速度、歩行リズムなどの改善が報告されています。[3]

Hさんにも、椅子からの立ち上がり、片脚で身体を支える動作、歩行などに取り組んでいただき、つけた筋力を実際の生活動作へつなげていきました。

なぜ施術と運動の両方を行ったのか

この症例で身体をつくり直す中心となったのは、筋肉へ負荷をかける運動です。施術を受けるだけで、生活に必要な筋力がつくわけではありません。

股関節や周囲の筋肉が動かしにくい状態のままでは、運動時に必要な動きが出にくくなったり、一部に負担が集中したりすることがあります。

そこでHさんには、施術によって身体の状態を確認し、動かしにくい部分へ対応したうえで、運動によって筋力をつけるという役割分担が必要だと判断しました。

身体の変化に合わせて負荷を上げる

施術や運動の内容は、毎回同じではありません。

股関節の動く範囲、椅子からの立ち上がり、片脚で身体を支える力、歩く速さ、連続して歩ける距離などを確認し、身体の変化に合わせて内容と負荷を調整しました。

筋力が十分でない段階で負荷を上げすぎれば、痛みや動作の崩れにつながります。反対に、いつまでも同じ軽い運動だけを続けていても、以前の生活を取り戻すために必要な筋力はつきません。

状態を確認しながら、その時のHさんに必要な負荷を見極め、少しずつ次の段階へ進めていきました。

運動を続ける中で、股関節の動く範囲が広がり、椅子からの立ち上がりや、片脚で身体を支える動作も安定してきました。

歩く速さや連続して歩ける距離にも変化がみられ、買い物や外出などの日常生活を問題なく行えるようになりました。

長く続いた「かばう動き」も変えていく

長い間、痛みをかばって生活していると、手術によって痛みがなくなった後も、以前の動かし方が残ることがあります。

痛くない側へ体重を逃がす、手術した側の股関節を十分に使わずに歩く、動かすことを必要以上に避けるといった動きです。

このような動きが残ったままでは、せっかく筋力がついても、その力を十分に使えません。

そこで、筋力を取り戻すことを中心にしながら、立ち上がりや歩行の中でも、手術した側の股関節を使えるように練習を重ねました。

まず必要なのは、身体を支え、実際に動かすための筋肉と筋力です。そのうえで、取り戻した力を日常の動作に結びつけていくことが大切です。

手術は終わりではなく、身体をつくり直す出発点

術後1年の定期検診でも、経過は順調だと説明されたそうです。現在は日常生活を問題なく過ごし、周囲の方からも歩き方や動きの変化に驚かれることがあると、うれしそうに話してくださいます。

もちろん、手術自体が成功し、股関節の痛みが改善したことが大きな土台にあります。

そのうえで、手術前から筋力と身体機能をできる限り保ち、退院後も施術と運動を継続したことが、現在の生活を支える一つの要素になったと考えています。

手術で痛みがなくなることと、以前と同じように動ける身体へ戻ることは同じではありません。

長い間使えていなかった筋肉をもう一度働かせ、必要な筋力をつけ、その力を立ち上がりや歩行、外出などの生活動作へ結びつけていく必要があります。

Hさんは、身体についての説明を理解し、それを実際の行動に移されました。状態がある程度良くなった後も、そこで満足して終わることなく、週1回の施術と週1回の運動を継続されました。

ぼくの役割は、その時々の身体の状態を見極め、施術によって運動に取り組みやすい状態をつくり、運動によって必要な筋力と身体機能を取り戻していくことです。

そして、実際に身体を変えていくためには、ご本人が継続して取り組むことが欠かせません。

Hさんの「以前のように動きたい」という意思と、その意思を身体の変化につなげるための施術と運動。

まさに二人三脚で積み重ねてきた結果が、現在のHさんの生活につながっています。

参考文献

1.Widmer P, Oesch P, Bachmann S. Effect of Prehabilitation in Form of Exercise and/or Education in Patients Undergoing Total Hip Arthroplasty on Postoperative Outcomes—A Systematic Review. Medicina. 2022;58(6):742.

2.National Institute for Health and Care Excellence. Joint replacement(primary): hip, knee and shoulder. NICE guideline NG157. 2020.

3.Coulter CL, Scarvell JM, Neeman TM, Smith PN. Physiotherapist-directed rehabilitation exercises in the outpatient or home setting improve strength, gait speed and cadence after elective total hip replacement: a systematic review. Journal of Physiotherapy. 2013;59(4):219–226.

※本記事は、個人が特定されないよう一部の情報を変更して掲載しています。本症例は一個人の経過であり、施術や運動による変化には個人差があります。人工股関節手術後に行う運動の開始時期や内容は、手術方法や身体の状態、術後の経過によって異なります。